このコーナーでは、こちらで指導を受けていただくメリットについて大まかではありますが、説明しています。
問題点① 学習がその文章に限定されてしまう
たとえば、佐川光晴『駒音高く』の当該箇所(テキストに切り出された範囲)について、「ポイントはこのようなところにある。」と説明する。黒板には登場人物の名前・出来事・学年、ならびに人物関係図が板書されている。
そして次の文章、森浩美『クラスメイツ』も背景が複雑であるため先生が板書しながら説明する。素材文を吟味させたうえで答え合わせ、採点をする。
上記は、オーソドックスな国語の授業展開であると考えます。こうしたことの繰り返しによって(たくさんの文章を読み、たくさん感じ、問題を多数解くうちに)学力はのびると思われます。サピックスは昔からこのようなタイプの(個々の素材文を大切にし、じっくり読ませる)塾であり、同塾の合格実績に鑑みるならこのような指導法は正しいものと考えられるでしょう。
ただし、以下の問題があるため一部のお子様はのび悩み、国語に苦手意識を持つようになることがあります。
問題点
①解説がその文章に限定される。解法が存在しない(Aテキストに「読解メソッド」というものがあるにはあるが…)。センスのある子・知性のすぐれた子はこれでものびる(授業が場当たりでも、今までの授業の構築ができる)のだが、苦手な子はそうはいかない。
②当該の文章は理解できるが、次にどうすればよいかはあいまいである。
③以前の授業内容と今回の授業内容が結びつきにくい。
(学習事項がお子様の中で帰納的に構築されない。)
④結果、学習の方向性のない状態で課題をこなすだけ。
⑤国語だけが後回しになる。
⑥文章が難しければあきらめる。実体験の不足をなげく。
問題点② 機械的読解術の濫用
【姑息なテクニックを濫用する】…一部に見られる授業形式、特殊な指導を行なっている
たとえば…
――線前後の数行だけ読んでヒントを探せ。本文全体を読む必要はない。
――線部の表現は使ってはならない。必ず言い換えるべきだ。
文章中の接続語にはすべてカッコや▼を付ける。
本文の末尾には筆者の意見が書かれており、必ず全文を要約したものである。
最初に設問を選択肢の言葉も含めてすべて目を通し、本文から関連するところだけを探して読みなさい。
記述問題は捨て記号問題で点数をとれ。
機械的読解術は、小学生にはなじみにくいものであり、期待するほどの成果を得られないと考えます。中学受験の国語において方法論はなくてはならないものですが、画一的なパターン思考では解けない問題が多くあることや、複合的な視点で向き合わなければならないことを伝えず、「この公式さえ使えばすべての問題が解ける」といったアプローチをかけるのはあまりに雑であると言えるのではないでしょうか。
問題点
①子どもはあまり(大人が考えるほど)共感しない。
②テクニカルな指導が向かない子も多い。
※国語の苦手な子は素材文がわからないと思考停止する。指導者は姑息な機械的読解術を濫用せず、汎用性の高い方法論を提示するべきである。また、素材文それ自体に目を向けるべきである。
③一部ではうまくいっても他では使えない、字面だけ追う読み方に陥る。
④当該の素材文が書かれた背景を知ること、本文の筋道や展開、テーマをとらえるといった国語の本質的学習から離れていく。
では、どのような指導を心がけるべきか
文章の内容を把握することそれ自体に、方法論が違和感なく含まれる→当該の文章から逸脱しないと同時に、次の文章でどうすればよいのか(国語の苦手な子にも)しっかり伝わるという〈二重の構造〉にする必要があると考えています。あくまで目の前にある当該の文章を旨とするのが良いと思います。
さらには、当該の文章の中で方法論を提示しつつも、それのみで満足せず(指導者が方法論の限界や危険性を認識しておく)、テストの中で反射的に対応できるようになるまで、反復学習することが大切であると思っております。ここでは詳細は割愛いたしますが、中学受験国語専門では機械的な印象を受ける読解術は排除し、それらが見落としている本質的な視点を伝授いたします。
1.方法論を主にしない。その文章を学習しながら国語の方法を学ぶ。
2.苦手な子が、方法論のみで国語ができるようになると楽観しない。
3.機械的読解術、姑息な(一時のまにあわせの)テクニックは排除する。
遠方で授業を受けられない方へ
「意味パラグラフ・リーディング」の取り組み方
※一般的な方法(「形式パラグラフ・リーディング」)を少しばかり工夫したものです。遠方で授業を受けられない方など一定期間お試しください。家庭(親子)で取り組める限界を考慮したもので指導の現場で行なっている方法とは異なります。
※当方では、特に国語の苦手なお子様にはある資料をお渡しし、平素の授業課題とは別に家庭内での基礎トレーニングをしていただいております。
①適宜「意味のまとまり」をつくる。
※一定の意味のまとまりに文章を分けていき、それぞれの範囲において徹底的な読み込み、分析を行ないながら要点を考える。
・たとえば、説明的文章では、中心となる内容(要点)とその説明(具体例・理由・対比・引用・データ・体験…)、および補足事項を整理する。
・要点は、テキスト余白かノートに簡潔にまとめさせる(書き出し作業を行なう)。
②を繰り返し要旨をつかむ。
※説明的文章では適宜意味のまとまり、段落相互の関係もおさえる。
※大まかな話にはなるが【要点→要点→要点→要点⇒要旨・全体構成】という流れ。
※本文が長いときは、本文を前半と後半などと分け、それぞれにおいて【要点・要旨】を考える。
※すべて行なうと時間がかかるので内容把握の困難な箇所に絞ってもよい。
③ここで初めて問一、二、三…の設問を解く。
※文章のどのようなところが問われているかを意識する。
※それぞれの設問で問われていることをていねいに押さえる。
④以上が自分でできるよう「自立」を目指す。
指導内容詳細はこちら
一定の意味のまとまりを理解できない場合
当該の範囲における内容を、一文単位でとらえる練習をお子様にさせるとよいでしょう。前置きや修飾的要素を省き、主語(もしくは主題)・述語、ならびに目的語(…を,…に)だけの短文に縮めさせます。また一文どうしの関係にも注目させます。
ぼう線部の前後だけで問題は解けるの?
――「国語なんてぼう線部の前後だけみりゃいいんだよ。」
確かにそのような問題(ぼう線部の印象や周囲の情報のみで正解を得られる問題)はありますが、学年が上がり長文化するほど素材文を正確にとらえる力が要求されます。そのため、ただ――線部の前後を読むだけでは解決できない問題が増えてまいります。
また、国語の苦手なお子様は、――線部の前後に重要なヒントがあったとしても、文章の流れを理解できた状態でないとそれがヒントであると認識できない傾向にあります。したがって直前・直後をおさえることも大切なのですが、文章(筋道・展開、バックグラウンドの情報)を踏まえておくことがより大切です。
先の方は、とても優秀な方なのかもしれません。文章を当然のように理解されており、最後の決め手が各々の問題のぼう線近くにあったことから、そのようにおっしゃった可能性が考えられます。優秀な方はともかく、国語の苦手なお子様は、そもそも「その文章が」理解できずに困っているのです。
①文章の流れと展開をおさえる(前提)
↓
②――線部の前後など細部をとらえる(指示語、傍線部の語句・言い回し)
※これらが逆転すると子どもの理解が鈍化する!(指導者が陥りやすい誤り)
当方指導の方針の一つとして「逆読みをさせすぎない」というものがあります。たとえば、物語文で「Aさんはくちびるをかんだ」という動作についての設問(いわゆる間接描写を問う問題)があったとします。この場合、語句の意味からすると、かなり高い確率で、心情は「☆☆をくやしく思っている」という趣旨になり、ならば本文中から☆☆(=Aさんがくやしいと感じた原因)を探せばよいという思考が成り立つというものです。
一見もっともらしいですが、上記を絶対化しません。
同様の思考で他の問題を解いた場合、間違ってしまう(もしくは、この思考方式自体が適用できない)ため、正しいケース・スタディとはならないからです。断定せずに本文の流れを押さえ(=①)、ぼう線を吟味せよ(=②)という誘導を行ないます。
前例と同じく、ぼう線部分(あるいはその直前)に指示語がある場合でも、無理やり指示語からさかのぼって指示内容を探そうとするのでなく、まずは本文の流れを整理してから(=①)指示語で確認する(=②)という流れが自然な読み方であると考えています。あるいは、ここまで読んできたこと(=①)が正しいのを、指示語(=②)で確認・確定する感覚でしょうか。もしくは、読み進めてきた本文のどのようなところが問われているのかを絞り込むために指示語に着目する(=②)といったぐあいです。なお、本文末尾にある配点の高い小問〈難問〉は①→②→①と巨視的/微視的に思考を重ね、綿密な検討を要する傾向があります。
まとめ
ケース・バイ・ケースである面はございますが、要するに本文の流れを追っていること(=①)が最も大切なことであり、内容面の理解がおろそかな状態で、ぼう線まわりの情報―指示語など(=②)を強調しても子どもの理解が鈍くなるのは明白な事実です。複合的に考えるべきところを文法的な周辺情報のみ(=②)で解決させようとするのには無理があるといえます。
ただし、お子様が一定の線まで内容を理解している場合には、指示語などの見落とし(=②)を指摘すると「あっ、そうか。」と速やかに正解にたどり着いてくれますが、本文が理解できていない段階に指示語だの接続語だのとテクニカルな事を説いてもなかなか奏功しないのです。
受験テクニックにおいて鉄則中の鉄則であるといわれるものであっても、指導者がしっかりとお子様の理解状況を見極めたうえで提示する必要があるわけです。
一見簡単そうに思えることでも、職人が手触りの感覚でもの作りをするような熟練が必要になることがあるのです。